子ども劇場

2008年2月 3日 (日)

【レビュー】詩の奏で ギターの語り

品川子ども劇場の、例会?ではなかったのですが、親向けの自主企画「詩の奏で ギターの語り」に参加してきました。

ギタリスト小野寺武男さんの演奏に合わせて、劇場の会員さんで詩家の江口あけみさんが自作の詩を朗読する演奏会。

朗読とギターって始めて聴いた気がする。
ギター一本だとイメージを自由に膨らませられるけど、詩の朗読が入ると途中でイメージと詩の内容がズレてきだして少し難しい…。
遅刻して参加して、頭もあんまり働いてなかったから?
う~んリトライしたい。もう一回参加したい!

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2008年1月21日 (月)

ウルトラ鍋!

品川子ども劇場の1月例会「おとうさんはウルトラマン(劇団うりんこhttp://www.urinko.jp/作品)」の事前企画「新春 ウルトラ鍋」に参加してきました(品川子ども劇場では、例会に合わせた自主活動なども行っています)。低学年対象の例会という事で、企画の小学校低学年向けの物でしたが、久しぶりに子ども達と遊ぶ事が出来て、とても楽しかった!

企画の内容は、まず集まった子ども達とフェルト製のウルトラパパワッペンと、ボール紙の八つ裂き光輪作り。昼食は「バルタン鍋(ハサミのようにカットされたウィンナー入りシチュー)」と「ウルトラマン鍋(ウルトラマンに似せたハンペンをのせたおでん)」をおにぎりと一緒に食べました。昼からは、午前中に作った八つ裂き光輪を使った怪獣的当てをしました。

小学生の男の子達が本当に元気!食事中も学校の事や面白かったテレビの事をひっきりなしに話しかけてくれました。的当ても、本気になって投げてくれたので大いに盛り上がりました。男の子の一人でアイスラッガーを作っていた子もいて、
「これ飛ばないじゃない!ハンデ頂戴よ」
なんて最初は言ってたけど、段々投げ方を工夫したらしく、難しい位置の的にも当てられるようになりました。

子ども達と触れ合うことが出来て本当に嬉しかった。
今年もまたこんな活動をしていきたいと、心から思った一日でした。

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2007年9月14日 (金)

中高生の劇場空間

以前触れましたが、今の子ども劇場の例会は、そのほとんどが小学生(高学年向け・低学年向け)を対象にした作品です。
未就学児を対象にした「幼児例会」が6・7年ほど前から企画されるようになりましたが、中学・高校生向けの作品は、劇団から提案される作品数もさることながら、例会となるとほぼ無いといってよいと思います。
小学生が対象ということもあって、シナリオが幼稚であったりテーマが合わないという理由が考えられます。

僕は、中学生になるほぼ同じ時期に市民劇場(鑑賞を主とする市民団体)に入会し、中高年・高齢の方に混じって大人向けの演劇を観ていました。
仲代達也先生や黒柳徹子の生の芝居を観るのは、劇場の例会、特に地方に行けばいくほど困難だと思います。
(黒柳徹子は「喜劇キュリー夫人」、仲代先生は、1番新しいところで「ドライビング・ミス・デイジー」を観ました。)

難しい作品も多々ありました(女の一生などなど)。年6回の例会中、1本は理解できない作品とぶつかりました。
しかし、それ以外の作品のどれもが話の筋を追うことができ、中には胸打たれ息を呑む作品、感動で号泣した作品がありました。
(「ドライビング・ミス・デイジー」、「いのちぼうにふろう物語」、「花よりタンゴ」、「銃口」、「どん底」、「セールスマンの死」偏って見えるのは気のせいです)

近所に市民劇場のある子ども劇場のみなさん、よかったら共同で企画を立ててみませんか?

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2007年9月 9日 (日)

10泊11日の想い出

子ども・おやこ劇場の全国的なイベントとして、僕が劇場にハマッたきっかけの一つでもある「子ども村」。劇場運動20周年の企画として長期間キャンプが行われ、全国から小学生や青年が集まりました(東海、関東、東北からの参加もありました)。

会場は都城市立御池小学校。グラウンドから少し離れた雑木林の中にテントを立て、雨水よけの溝を掘り、そこで4~5人がすし詰めで寝泊りをしました。
竹を採って流し素麺をしたり、学校のプールを掃除して入ったり、近くの霧島山を縦走して帰りに夕立に遭ったり。

印象深いのは、8月1日を間に挟んでいたために使っていた小学校が登校日で、そこの児童にやや不思議そうな目で見られた事。
僕は同じ市内の小学校に通っていたので、当然休みました。
不思議な優越感、「暑い中頑張ってね」なんて聞こえないところで言ったりして。

テントは5日で崩壊したので、のこり6日間は体育館に引っ越しました。
ちゃんと11日間テントで暮らせたチームがあったんでしょうか?

最後に、どうしても忘れられないのは、最終夜にやったキャンプファイヤーと、そのラストに踊った「ジンギスカン」。小学生完全に忘れ去られて大盛り上がりする青年と親たち。
こっちも見よう見まねで踊って、それなりに楽しかったけど、ちゃんと参加してる子ども達のことも考えて欲しかったなぁ

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2007年8月30日 (木)

一番の楽しみを共有できないのは辛い

例会が一番楽しい。
劇場にいる小学校低学年のなら、まず間違いなくそう答えると思います。
でも、クラスで劇場の事を知っている人がいないせいで、自分の今一番楽しい事、好きな事が学級の中で話せない、話しても盛り上がらない。
劇場は楽しい、でも学校で話しても友達の輪の中に入れない。だからとりあえず今週のジャンプの話をする。
そんな劇場っ子が、少なからずいます。

僕が小学生の頃は、例会が近くなるとそわそわして、落ち着きの無い子どもでした。
「今日は例会があるんだ。だから早く帰らないと!」
と、終礼のチャイムと共に廊下へ飛び出し、後日友達に話すと、
「レーカイってお前『幽遊白書』かよ。」
と冗談を飛ばし、「例会」の意味もわからず必死に説明をする日々。

中学・高校に上がると、話題の中心になるネタがドラマ・映画・部活などという具合に分散しました。
地元が田舎という事もあってか、分散したネタの中に「舞台」なんてものはありません。
結局小学校時代の延長上にあった「マンガ」を話題の中心にするグループに交じって、学校生活を送る事になりました。

グループの中で、マンガやアニメの話を「取り敢えず」振っていれば、会話は出来るし、それなりに楽しい。ただ、そんな中にあっても、「僕はもっと話したい事があるんだ!」とフツフツ煮えたぎるモノがあり、いざ話を切り出したところで、「ふうん」と感心されただけで話題の糸が切れてしまう。
煮え切らない気持ちが憂鬱感を生み、不登校になった時期もありました。

先日、子ども劇場創立30周年を記念してこんなタイトルの本が出ました。
「子ども劇場に未来はあるか  うん?!」
本を紹介する時に、
「最後の『うん?!』をどう発音するかによって、未来は明るくもなり暗くもなる」
と誰かが言っていました。

この記事の問題を踏まえて、僕はこう読みました。
「子ども劇場に未来はあるか!

う~ん…」

明るくあっては欲しいですが、どうなんでしょう?

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2007年8月28日 (火)

ぼくたちの南十jもとい子どもの頃

地元の都城子ども劇場のことについていろいろ思い出そう。
(ちなみにタイトル「ぼくたちの南十字星」は劇団風の子http://www.kazenoko.co.jp/初期の作品)

事務局を1回引越したのですが、最初に使っていたのは一戸建ての貸家で、ボットン便所と総畳張りが印象的な場所でした。
僕が物心ついた頃にはもう、荷物の山がそこら中に出来上がり、壁や天井に例会のポスターが貼り付けられていました(丁度その一枚の中に「南十字星」のポスターもありました。実際の舞台は観ていないと思います)。
普段使っている大部屋の他に、当時既に荷物置き場になっていた中部屋が1つありました。昼でも暗く、迂闊に入れば「押入れの冒険」の如く異空間に連れて行かれるのでは、と恐れおののき、ふすまに寄ることも出来ませんでした。

その事務局を引越すのと同時期に、「青年が解散する」という衝撃ニュースが飛び込んできました。
中学生になった僕と兄は唖然。
キャンプは?合宿は?無くなっちゃうの??
青年たちが去ったあと、当時の高校生達の発案で、「中高生による子どもキャンプ」企画が立ち上がりました。財政管理や移動手段・施設の予約などは親の手を借りつつ、日程計画から小学生の指導まで、一から自分達で取り回しました。

それから、中高生による自主活動が活発になり、「中高生グループ」から「CVA(Children's Volunteer Activity)」と名前を改め、高校を卒業するまで関わりました。
模造紙2枚分の「巨大紙芝居」を作ったり、公園を掃除するついでに集めた落ち葉で焼き芋をしたり、クリスマス会でバンド演奏をしたり。学校生活よりももっと充実した時間を過ごしました。

振り返ってみると、幼児・小学生の頃は、それほど自主活動をしていた記憶はない気がします。
というより、青年がいた頃は「青年が楽しい自主活動」ばかりやってて、当時の子どもは蚊帳の外だった気さえします。もちろん「子どもまつり」などの、子ども向けの自主活動はありました。ダンボールで人間大もぐら叩きを作った記憶は今でも鮮明です。
楽しい記憶半分、置いてきぼりの少し寂しい記憶半分、そんな気がしてなりません。

反面中学生になってからは、ほぼ週1のペースで事務局に顔を出していました。学校でのストレスを、そこで全て発散していた気さえします。
CVAの活動が無かったら、僕は中学高校のどこかのタイミングで引き篭もっていたと断言できます。(余談;最近のいじめ報道を見てて、「よく僕は死ななかったなぁ」とつくづく思う。)

そんな「劇場にいた良い面」をつらつらと書いてみました。
次回は「劇場っ子の暗黒面(というかジレンマ)」について書こうと思います。

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2007年8月27日 (月)

劇場人に15の質問

BLUE GABLES.blog
↑こちらで見つけた「劇場人に15の質問」に勝手ながら答えてみようと思います。

劇場人に15の質問。

1.名前は?
うやうや次郎
ちなみに本名をベースに作ったH.N.ですが、青年の間のニックネームは「もっさん」。
こちらも本名ベースです。

2.年齢は?
21歳。まだハタチでござい。
年齢詐称疑惑が多方向から囁かれるのですが、それは僕がカラオケで海援隊を歌ったり昔の特撮ソングとかを歌ったりしてるのが原因なんでしょうか?
ビバフォークソング&グループサウンズ!

3.所属している劇場は?
都城子ども劇場→品川子ども劇場
現在休会中です。例会観たーい

4.劇場の中での位置は?
青年です。普通の青年です。

5.劇場暦は?
都城は正会員が3才以上だったので、18年くらい?
でも母曰く「お腹にいたときから劇場っ子」との事だったので、まぁそのくらい

6.例会派?自主活動派?
こんな派閥があるんだww
まぁ「どちらに関わるのが好き」レベルの選択だとは思うのですが。
強いて言うなら例会派。搬入・搬出までが例会ですよ!
自主活動も大好き。
ただ、食ってく仕事の都合上2泊以上の企画に参加できないのが難点。

7.劇場に入ったきっかけは?
母親に連れられて、が一番妥当でしょうか。
品川子ども劇場に入ったのは、もっと劇場運動に関わりたかったから、芝居も観たかったし。

8.劇場にハマったきっかけは?
例会が特に好きになったのは、小学校高学年のとき、地域例会で観た「ゆめみちゃり(劇団わらび座http://www.warabi.jp/の作品)」。その中で当時夢中で練習していたソーラン節を紹介するコーナーがあり、ジョイントとして舞台に上がって踊らせてもらえたのが強く印象に残っています。
と言っても、最初のきっかけはやはり、「風の子あそびやとっぴんしゃん」になります。

9.劇場を続けている理由は?
休んでるんだけどね。続けたい理由になります。
子どもといつでも一緒にいたいから、です。真面目に。
子ども達と一番近い位置で接せられるのは、子ども劇場での時間だと思います。
学校や幼稚園の先生とか、保育士だと、どこか「上から目線」でありがちな気がします。

10.印象に残っている例会は?
「風の子あそびやとっぴんしゃん」
「準備完了!第一号計画」
「THE NEWS PAPER」
「ゆめみちゃり」
「歌え!雨姫(劇団風の子九州の作品)」
「黙れ!パントマイム(カンジヤママイムhttp://www.kanjiyama.com/の作品)」
「コマのおっちゃんのコマのサーカス(http://www.wa.commufa.jp/~koma/日本独楽博物館)」
「スーパー腹話術いっこく堂ライブ(http://www.ikkokudou.com/いっこく堂オフィシャルHP)」
ざっと思い出してこんなところでしょうか。
例会の紹介は別記事で書きます。

11.好きな劇団は?
まぁ、上の作品群を見れば瞭然。劇団風の子九州です。
風の子オンリーでランク付けすると、
1. 風の子九州
2. 風の子北海道
3. 風の子東北
4. 風の子東京
5. 風の子中四国
観た中ではこのような感じ。
関西は観たこと無い気がする…。

12.劇場で最も思い出に残っている出来事は?
親記事でも言ってる事なんですが、その年代ごとで悲喜こもごも思い出があるので、一つに絞るのはなかなか難しいんですが…。
何か、軽いところで言うと、初参加で初めて溺れた小4子どもキャンプかなwww

13.所属する劇場の悩みは?
運営の高齢化かな。創立メンバーが未だに第一線で働いてたりするし。
昔の価値観で今の子どもに例会を選んでるのが、中高生の劇場離れの一因になってる気がします。

14.所属する劇場がこうなればいいなぁという想像(妄想)は?
幼児から中高生まで包括した例会活動!コレに尽きます。

15.劇場に対する熱い思いを一言!
一言?!う~ん…
「運営やりたい!」
時間ない奴が何を言うておるかと小一時間ry

補足したい事が山ほど出来ました。
いかがでしょうか?

遊びに来てくれた劇場人の方も是非、答えてみてくださいませ。
mixiに劇場のカテゴリがあるんですね…。
誰か誘って欲しい…。

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2007年8月14日 (火)

劇場と青年達

会員になってもう直ぐ20年くらいになろうというのに、「子ども劇場」についてきちんと表現した事がなく、思いの丈は山ほどあるのに上手く言葉が見つからない。少しずつコトバにエンコードしようと思います。

「子どものためにより良い文化活動を」を旨にしている子ども劇場ですが、活動の中核を担っているのは子どもを持つ親だけではありません。
スカウト活動やジュニアリーダー活動などで多年齢層活動を経験した18歳以上の子どもや独身の大人たち、いわゆる青年達も劇場活動を支えてきました。

休会している品川子ども劇場http://skodomo.gozaru.jp/の現在第一線で活動している青年たちは、劇場の発足当時、「この子達に良いお芝居を!」と手を引いて連れてきた子ども達です。
青年達は主に自主活動に取り組んでいます。夏のキャンプを大黒柱として、小中学生を集めて料理を作り、屋内外を問わず集団遊びの集まりを企画し、街に飛び出して地域の祭りでもさまざまな催し(悪戯ともとられかねない)を実践します。
そんな第2世代青年達や中学高校生達の、「例会離れ」が問題になっているそうです。
「例会は観ない。でも自主活動が好きだから劇場にいる。」
それまで子ども劇場の例会作品のほとんどが、幼児向け、小学校低学年から高学年を対象にした作品でした。最近は、2歳児以下を対象にした作品を少ないながらも目にしますが、中学生以上の例会作品は滅多に見た記憶がありません。
彼らが例会から離れていくのは当たり前の話です。

休会前に最後に観た劇場例会が、中高生例会「軍鶏307」(劇団桟敷童子http://www8.plala.or.jp/s-douji/作品)でした。
丁度定期テストとバッティングしてはいたのですが、
「今日だけは勉強休んで良いから行って来なさい。」
というお母さん達の声もあり、かなり多くの中高生や青年たちが集まりました。
青年達から返って来た声は、
「久しぶりに面白い例会を観た」
という声。その後の企画で、軍鶏307をスピンオフしたようなものが出たのは、好評の証と思えます。

中学生以上を対象とした舞台作品が、絶対数として少ない事もまた事実です。
実際作品を呼ぶとすれば、おそらく大人向けの芝居になるでしょうから、公演料も馬鹿にならないでしょう。
鹿児島のある劇場のように、無ければ作るのが理想とも言えます。
予算的に難しい劇場が多いことも事実です。

それでも、「子ども劇場」の名前を鑑みて思うのです。
例会離れした彼ら彼女らだけど、今でも良い芝居を待っているんじゃないでしょうか。

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2007年8月 7日 (火)

子どもキャンプ

トラックバックをいただきました。感謝感激。
コメントもお待ちしております。じゃんじゃか叱咤激励してくださいませ。

子ども劇場自主活動の「ほぼ」目玉と呼んでも良いイベントが子どもキャンプです。
対象は10歳以上。男の子女の子を問わずグループを編成して、お泊り込みでキャンプをします。

「子どもキャンプ」の名前の通り、実質的なキャンプの主役は子どもたちです。テント建てから料理、火おこしまで、グループの子ども達が協力して行います。
保護者である親や青年(18才以上の未成年・成年たち。大体未婚。)は、サポートに徹します。余程危なっかしい行動をしない限りは子どもたちの行動を見守るだけです。

「子どもたちの最初の自立」を旨とした子どもキャンプ。
昨日まであんなに甘えん坊だった我が子が、帰ってきたら晩御飯の準備を手伝うようになった。
夜のトイレを嫌がった子が、行けるようになった。
そんなお母さんたちの話をつい先日耳にしました。
7回ほど参加した僕には実感なんてあまりないのですが、
「なるほど、周りから見えるほどの成長があるのだなあ」
と、こそばゆい背をかきながら思ってみたりしました。

思わず目を見張るほどの「わが子の成長と自立」を、見てみたくはありませんか?

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2007年8月 6日 (月)

こちらもまた、「子どものいるとこ どこへでも」

「子ども劇場」に関する記事を書こうかと思います。

福岡のとある町で約30年程前にその団体は生まれました。
高度経済成長の中、激変する社会環境に飲み込まれていく子どもたちに、なんとか生の舞台を観せてあげたい。
某青猫漫画に出てくるような空き地が無くなり、外に出て行けなくなった子どもたちに、多年齢で交流する楽しさ、大切さを経験させてあげたい。
そんなお母さんたちと青年たちが、最初の子ども劇場を作りました。

ある時、歌舞伎を全国興行している前進座(実はココと松竹の2企業しか無いそうな)の重鎮の役者さんと、福岡の青年が交流会を開きました。そのときの、
「先生、僕たちは子どものためにいろいろな舞台を呼んできました。いろんな劇団と出会い、作品と出会ってきました。
ただ、僕たちは一度も『和物』の芝居を観たことがないんです。
チョンマゲをつけて袴を着けて刀を差しているような時代劇を、僕たちは子どもたちに見せてあげられた事が無いんです。
先生、子どもたちに時代劇を見せてあげられないものですか。」
次の年、前進座は、北は北海道から南は九州熊本までの、大巡業を決行しました。

現在の児童演劇史において、切っても切れない関係である「子ども・おやこ劇場」。
現在全国各地に拠点を構え、年に4~6回の劇場例会を企画しています。

お時間があれば探してみてください。

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